『くちづけ』
部屋に入ると、先を行く君は黒いジャケットをハンガーに掛け黒く細長いネクタイを緩め、ベッドに腰掛ける。
私は左胸にデフォルメされた髑髏の刺繍が入ったボタンダウンの白いブラウスと緑を基調としたチェックで膝丈のプリーツスカートという、学生服を意識したトラッドな装い。もう十分大人と言える年齢だけれど、君の前では少女でいたいから。
私は君の前に向かって立つ。
少し姿勢を崩した背の高い君を見下ろす。
私は白い太ももを開き君に跨った。
君は両手を私の腰に添え、目の先を下にやる。恥ずかしい。
私は両手でそっと君の頬を包み込み、顔をゆっくりゆっくり近づける。
心臓が高鳴る。共鳴するかのように響き合うのを感じる。視線が一致した。
私の頬はきっと色づいている。
私は目を合わせたまま唇が触れ合う寸前のところで動きを止め、目を瞑った。
それは合図。
君の唇が私の唇に重なる。震えている。
「目を閉じて息を殺すようにキスをする表情がたまらなく可愛いんだよ」
そう言う君。
ゼロの距離から愛でられるこの喜びを失いたくない。
『カノン』
ステンドグラスの窓から差し込む陽の光を背にして、白いドレスを着たあなたがゆっくりと手摺にやさしく手をつきながら階段を降りてくる。そして言う
「おはよう」
いつもと変わらない、でも、いつもより愛おしくなる声で僕に微笑みかける。
毎晩、一緒に眠るけれど、起きるのは僕のが先。朝、目覚めた僕は横を向いてあなたの寝顔を見てうっとりする。白くて綺麗な肌。整った目、鼻、唇。長くて艶やかな黒髪。額にそっとキスをする。それから、先に部屋着に着替えて、朝の支度をする。あなたを無理やり起こしたりはしない。
「おはよう」
僕はあなたの言葉に答えて、それから手を取り合って目を閉じ二人で願いをささげる。
「今日も良い一日でありますように」
この儀式を済ませたら少しの間、あなたを見つめる。あなたは眠たげで目を伏せる。僕は抱き寄せて、温かみを感じ、そっとキスをする。
今日も新しい命が吹き込まれて、また現実という名の夢が始まる。
『その冷たさがほしい』
握るなら冷たい手がいい。
聖なる存在に触れているみたいで。
それでいて、本能が揺さぶられる。
細くて白くて長いあなたの指を、僕の指と絡める。それはもうぎこちなく。
それから、時々視線を合わせて、ゆっくり夕闇の街を歩くんだ。