『四月』

 藤棚が色づき始める頃になると思い出します。またこの季節が来たんだね。
 賑やかな花も好きだったけれど、それより冠のように景色を飾る藤のほうが、あなたは好きでした。
 ずっと見守っている、とさよならの代わりをあなたが最期に言ってからも時は進みます。まったく詩情も叙情もありません。同じ雨に濡れ、同じ寒さに触れた時間。あんなにもきれいだったのに。
 元より遠かった距離が、更にもっと遠く遠く離れてしまいました。写真は無く、甘い香りと細い声だけが思い出の中に残り続けます。
 届かなかった詩の数々と届いた僅かな詩。くだくだしいやりとり。何も示さないことで示す。どれも今も変わらない。
 褪せてゆくのはしようがない。それでも僕は形に残したい。できるだけの言葉を尽くして。後からすぐに零れ落ちて、崩れ去るのも省みないよ。
 いつまでも伝えたい。灰色の天に向かい、涙の日も歓喜の日も願うように書きます。