「故郷」(“VINNYBEACH 〜架空の海岸〜”に寄せて)

 少年は旅に出て以来、初めて故郷に帰ってきた。そこはどこでもない場所。地図の上には存在しない。
 少年はこれまでの旅を振り返るようにして、毎日歌を唄った。昔の曲だったり、その時につくった曲だったり。まだ上手く弾けないギターを連れ、あるときは海岸で、あるときは湖で、あるときは酒場で。冷たい雨が降る日に外で唄う日もあった。
 そして、「歌うのはもうこれで終わりかもしれない」とぼんやり思いながら、この前の冬に作ったお気に入りの曲を唄い始めた。


 目を閉じて。


 唄いながら、いろんな想いを懐かしむ。
 情熱。
 裏切り。
 あこがれ。
 憎しみ。
 優しさ。
 挫折。
 愛。
 そして、涙。


 唄い終わったその時、閉じていた目を開くと不思議と力が湧いてきた。もう一度旅に出よう、と。
 「また、帰ってくるよ。何度でも。」