"蝶になったあの日から"

あの丘に咲く、孤高の二文字が似合うガーベラ。
その名は「シェリー」。
たった一厘だけ、寂しそうに楽しそうに咲いている。


毎晩、それはそれは美しい声で歌うので、
生き物たちは、けっして近づけないそのガーベラの
明るくはないけれども心地よい歌を聞いては、
溜息を漏らし、羨望の眼差しを浴びせ、
そして褒め称えるのであった。


しかし、あの花だけは違った。
羨むこともなく、捨て置くでもなく。
ただ、受けとめ、身を揺らしていた。
理由は知れない。


いつからかシェリーはずっと黙ったままだ。


「私は花に生まれながら、幸運にして声を持っている。
歌っていたのは、自分が特別であることを誇りたかったわけじゃない。
むしろ、自分にはそれ以外何も無いと諦めを叫んでいた。
本当に喜んでもらえてた?
でも、あの花は、あの花だけは私の歌を聴いて他の生き物たちとは違う反応を示す。
あの花は笑わない。
あの花は望まない。
だから、あの花に会ってみたい。
とはいえ、このままここで根を生やしているかぎり
会うことはかなわないの」


思い詰めたガーベラは、神の見えざる手により
蝶へと姿へ変えた。
それはまた美しく。


蝶となったシェリーは花から花へと飛びまわり、探し、
果たしてあの花に出会えた。
が、しかし、野に放たれたその美しさを
欲深いものたちが放って置く筈もない。
すぐに捕らえられ、
その華やかな羽にふさわしい、立派な装飾の額の中に閉じ込められ
生涯を終えた。


「“蝶になったあの日から 君は僕を楽しめる”
なのに…、なのに…。
思ってたとおり、僕の花びらにとまった君はとても綺麗だった。
だけど、僕は近くで声が聴けなくたっていい、見つめられなくたっていい。
あの丘にガーベラのまま咲いてくれさえすれば
それで満足だった」


もう二度と会えない。